
私の支え(保護者、生徒からの手紙)
この手紙を戴いたときに、私は自分がどんな塾をしたいのかと言うことを再確認しました。
この2つの手紙を通して、私がまなびの森を通してしていきたいことが分かっていただけると思います。


中村塾長殿
「オレ、今日 塾やから遊ばへん!ごめんな」
これは子供が「学びの森」に行く様になってから何度か耳にした、受話器の向こうの相手と言っている言葉です。
塾とは、行けば勉強を強いられる所
子供から遊びを奪う所
大切な心の成長を妨げる場所
子供にとっては嫌いに決まっている場所……
と、私はずっと思っていました。
ですから、友達からの誘いを断っている時も、自分の「行くのはつらいな」という気持ちを、何とか抑えているのだろうと思っていたのです。
ところが……です。
いつも30分程前になると兄弟揃って腹ごしらえのカップラーメンを食べ、本当に嬉しそうに塾に向かう二人の後ろ姿を見ていると、
子供たち
「いったい何に惹かれているのか」
「学びの森で何を探し、何を見つけたのか」と不思議と思う様となっていたのです。
簡単に言えば「居心地が良い」という事なのでしょうが、勉強好きとは先ず考えられないし……
それが何であったのか、この度 やっとわかりました。
それは子供が「自分は大切にされている」と肌身に感じ取る事ができる場所だったからなのです。
赤ちゃんは生まれた時から「自分は愛されている」と感じながら育てられなければならないと聞いた事があります。
これは何も幼児期まででなく、中学生になっても、成人しても、年老いていても同じ事だと思います。
「自分が大切にされている」といっても、自分だけ特別扱いでは、幸福感・満足感は得られませんよね。
つまり、生徒全員、一人一人が皆大切にされている事をちちゃんと感じているのだと思います。
子供の「育つ力」は凄いですね。そしてそれを引き出し、伸ばして下さる「学びの森」はすばらしい。
私の30年近く持続してきた塾に対する偏見は消えました。
そして世の中には「学びの森」の様な塾があり、中村先生の様なハートのある塾長さんがおられる事も知りました。
家族全員、大変感謝しています。
どうぞ、これからも よろしくお願い致します。
西○敦○

こんにちは、いきなり、こんな手紙、すいません。憶えていますか?
二年前はお世話になりました。あれからずっと何の連絡もなく
ほったらかしですいませんでした。大変ご迷惑をおかけしました。
もう今年で僕も中学三年。来年は高校生です。だけど、僕は一年の
勉強すらやってません。もしかしたら西田君から聞いて知っているかも
しれないけれど、僕は不登校です。せっかく勉強が学びの森に来てから
分かりだした所なのに何もかもがいやになって引きこもりまではひどくなかった
けど約半年間うつになり苦しめられました。まだ立ちあがる事ができな
かったけど今年から教育文化センターにあるルポと言う不登校の人が行ける
所に毎日楽しんで通ってます。だんだんなれてきてこないだ約二年ぶりに
勉強しました。勉強は大嫌いだけど何か楽しかったです。だから夏休みから
もう一度、学びの森へ行かせてもらおうと思い手紙を書きました。本当は口で
言うべきなんだけど、正直言いづらいです。もう一度お願いできませんでしょうか?
それと物語使うのがいや!と言ってましたが本当はまったくそんな事はあり
ません。あの時は荒れてたから何もかもに文句をつけていただけです。
もう中学三年生なんだし自分の中では敬語です。だから、学びの森に
行かなくなった理由は、物語が使いたくないからではなく不登校になり
自分を追いつめていたからです。また教えてもらったら所を一からですが
一からやり直して、できる所までがんばれたらいいなぁと考えてます。
本当に空白の二年間、すいませんでした。こんな僕ですがもしよろしければ、
どうかもう一度よろしくお願いします!!
孫○ 智○